糖尿病患者への食事療法指導 ― 薬剤師が押さえておくべき基礎知識と実践ポイント
2025.10.27

糖尿病治療において、食事療法は薬物療法と並ぶ基本的な柱です。薬剤だけでは十分に血糖コントロールできないことも多く、生活習慣、とくに食事の改善が欠かせません。服薬指導の際に、日常生活に即した食事のアドバイスを行うことは、患者のアドヒアランス向上にもつながります。ここでは、薬剤師が押さえておきたい食事療法の基礎知識と実践的ポイントを解説します。
目次
糖尿病と食事療法の基礎知識
糖尿病はインスリンの作用不足により高血糖が慢性的に続く代謝疾患で、1型糖尿病では分泌不足、2型糖尿病では分泌低下と抵抗性が主な原因です。治療の目的は、網膜症や腎症などの合併症予防とQOLの維持にあります。
一般的な血糖コントロールの目標はHbA1c7.0%未満ですが、個々の病態により異なります。食事療法を実践することで血糖値やHbA1cが改善することが研究データから示されています。適正体重の維持が重要であり、エネルギー摂取の適正化が基本です。
栄養学的アプローチの基本
食事指導を実践するうえで、適正なエネルギー摂取量や三大栄養素、食物繊維、GI値といった栄養学的な基礎知識は、患者さんへの具体的なアドバイスの根拠となります。
適正エネルギー摂取量
1日の目安は「目標体重(kg)×エネルギー係数(kcal/kg)」で算出します。ただし、年代や活動量に応じて、目標体重とエネルギー計数は異なります。
目標体重の求め方
| 年齢 | 式 |
| 65歳未満 | 身長(m)×身長(m)×22 |
| 前期高齢者(65歳~74歳) | 身長(m)×身長(m)×22~25 |
| 後期高齢者(75歳~) | 身長(m)×身長(m)×22~25 |
エネルギー計数の求め方
| 身体活動レベル | エネルギー係数 |
| 軽い労作(座位中心) | 25~30 |
| 普通の労作(座位中心だが通勤・家事などを含む) | 30~35 |
| 重い労作(力仕事、活発な運動習慣がある) | 35~ |
単にエネルギー摂取量を減らせばいいというわけではなく、過度な制限は低血糖や筋肉量の維持不良を招くため、注意が必要です。
三大栄養素のバランス
糖尿病患者の三大栄養素(炭水化物・タンパク質・資質)の摂取目安は、以下の通りです。
| 栄養素 | 摂取量の目安 | 特徴 |
| 炭水化物 | 1日の摂取エネルギー量の40 〜60% | ・エネルギーを産生する栄養素で、血糖上昇に影響する ・主食となる穀物、果物、いも、菓子類などに多く含まれる |
| たんぱく質 | 1日の摂取エネルギー量の20%まで | ・筋肉や臓器などを構成し、体内でエネルギーを産生する栄養素 ・魚介類、大豆製品、卵、肉類、乳製品、穀類などに含まれる ・過剰な摂取は腎臓の負担になる場合がある |
| 脂質 | 炭水化物とたんぱく質以外のエネルギーを脂質から摂る ※脂質が25%を超える場合は、飽和脂肪酸を減らす | ・エネルギーを産生する栄養素であり、体の働きを調整する物質の材料にもなる ・調理油(植物油、バターなど)や調味料(マヨネーズ、ドレッシング)、魚介類、乳製品、肉類、種実類などに含まれている ・脂肪酸には肉や乳製品に多く含まれる飽和脂肪酸と、植物油や魚に多い不飽和脂肪酸がある |
食物繊維とGI値
食物繊維は食後血糖値の上昇を抑え、1日20〜25g以上の摂取が推奨されています。野菜、海藻、豆類などに豊富に含まれており毎食取り入れることが理想です。
また、低GI食品(GI値55以下)を選ぶことも有効で、白米より玄米、うどんよりそば、単品より定食を選ぶなどの工夫が勧められます。
飲酒と間食
飲酒は基本的に控えるのが望ましいものの、血糖コントロールが安定し合併症がない場合、適量であれば許容される場合もあります。ただし低血糖や肝機能への負担に注意が必要です。
間食も禁止するのではなく、総エネルギーの範囲内で、低カロリーで高食物繊維のものを少量摂るなど、無理のない指導が重要です。
薬剤師による指導ポイント
食事療法は「継続」が最も重要です。単に「甘いものは控えましょう」「バランスよく食べましょう」と伝えても、行動変容は見込めません。患者さんの生活背景に合わせた、具体的かつ現実的なアドバイスを提供することがポイントとなります。
現代的生活に合わせたアドバイス
外食やコンビニ食が多い人には、定食を選ぶ、ご飯を減らす、野菜から食べる、サラダや蒸し鶏を追加するなど、具体的な提案を行います。不規則勤務の人には、補食の取り方や服薬時間の調整も助言しましょう。
専門職との連携
肥満や腎機能低下、偏った食事など専門的指導が必要な場合は、管理栄養士へ引き継ぐことも重要です。また、医師への栄養指導依頼や地域の相談窓口の紹介など、連携を通じて継続的支援を実現します。
よくある相談と対応例
患者さんごとに仕事内容、家族構成、経済状況、嗜好などは異なります。画一的な指導ではなく「普段料理をされますか?どんなものを召し上がっていますか?」「どんなお仕事をされていますか?」といった質問を通して生活背景を把握し、無理なく続けられるアドバイスをすることが大切です。
以下は具体的な対応例です。
- 少量ずつ回数を増やす(分食)などの提案
- 薬の調整可能性(速効型あるいは持続型、用法・用量の変更など)を医師に提案
- 外食・コンビニ食での実践的メニュー例を提示
- 豆腐や卵、もやしなど安価で栄養価の高い食材を紹介
このように、患者さんに寄り添い、実情に即したアドバイスが求められます。
相談内容①「炭水化物は食べない方が良いのか?」
対応例:1日の摂取エネルギー量の40 〜60%の炭水化物は摂取するようにしましょう。炭水化物を極端に減らすと、確かに短期的には血糖値は下がりますが、長期的な安全性や継続性には課題があります。
ごはんやパンの量を適正にし、精製度の低い穀物を選ぶこと、野菜と一緒に食べることで血糖上昇を緩やかにできます。極端な制限より、バランスの良い食事を続けることが重要です。
相談内容②「甘いものをどうしても食べたい時の工夫は?」
対応例:甘いものをどうしても食べたいときは、1日の総エネルギー内で少量を楽しむ、日中の活動時間など血糖値への影響が少ない時間帯に食べる、糖質オフ商品や果物の活用が有効です。
また、甘いものを食べたときは血糖自己測定で影響を確認し、次回の参考にするのもよいでしょう。
完全禁止はストレスを招きやすいため、主治医や管理栄養士と相談しながら工夫しましょう。
相談内容③「お酒は完全にやめるべきか?」
対応例:完全にやめる必要はありませんが、アルコールには、低血糖やエネルギー過多、肝機能への負担といったリスクがあります。特にインスリンやSU薬を使っている場合は、低血糖のリスクが高まります。
血糖コントロールが良好で、肝機能などに問題がなければ、適量(1日ビール500ml程度まで)であれば主治医と相談の上、許容されることもあります。
ただし、空腹時の飲酒は避け、低カロリーで塩分控えめのおつまみを選ぶ、休肝日を設けるなどの配慮が必要です。お薬手帳に飲酒習慣を記載し、主治医に相談しましょう。
まとめ
糖尿病の食事療法は、数値を守ること以上に「続けられる工夫」が鍵です。薬剤師は、薬学的知識に基づきながら、患者の生活背景に寄り添った実践的な指導を行うことで、治療の質と患者のQOLを高めることができます。医師・管理栄養士との連携を通じ、継続的なサポートを提供する姿勢が求められます。
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