動物の健康を支える新しい専門性!「獣医療薬学」と薬剤師の役割とは
2026.08.17

近年、家族の一員であるペット(コンパニオン・アニマル)の高齢化や医療の高度化に伴い、動物病院で行われる治療も人間さながらに進化しています。かつては「病気の治療」が中心だった獣医療ですが、現在は「いかにQOL(生活の質)を保ちながら長く生きるか」という予防やケアの視点に重きが置かれるようになっています。
そんな進化を続ける獣医療の中で、今、新たな専門職として大きな注目を集めているのが「獣医療薬学」に貢献する薬剤師です。
「えっ、動物のお薬って人間と同じなの?」 「動物の治療に薬剤師がかかわれるの?」
そう思われた方も多いかもしれません。実は、人間用の薬とは異なる複雑さを持つ「動物の薬」の適正使用において、薬剤師の専門知識が今、なくてはならないものになりつつあります。
本コラムでは、「獣医療専門職」「獣医療薬学」をまだ詳しく知らない方に向けて、その仕事内容や目指し方、そしてこれからの期待について分かりやすく解説します。
目次
東京薬科大学 薬学部 生命・医療倫理学研究室 教授。獣医師免許を持つ。北里大学大学院で獣医学修士、立命館大学大学院で博士(学術)を取得し、 現在はペットの薬物治療や飼い主支援における薬剤師の役割を研究。日本獣医療薬学協議会に所属し、薬剤師向けの獣医療研修の企画・講師も務める。
獣医療専門職(薬剤師)とは?
なぜ今、獣医療における薬の専門知識や専門職が必要とされているのでしょうか。その背景には、ペットをとりまく社会の大きな変化があります。
第1の変化:家族としての存在感
ペットは、かつての「所有物」という枠組みを超え、今やかけがえのない「家族の一員」へと私たちの意識が大きく変化しました。
第2の変化:高度化する医療と医薬品リスクの拡大
動物の高齢化に伴い、がん治療や慢性疾患に対する医療が高度化し、抗がん剤や免疫抑制薬、鎮痛薬といった「人用医薬品」が獣医療現場で使われる場面が急増しています。また、長期的投薬や在宅管理の一般化に伴い、家庭内での誤飲や誤用といった医薬品リスクも拡大しています。
第3の変化:法制度の改正と愛玩動物看護師の国家資格化(2022年)
2022年に「愛玩動物看護師法」が施行され、愛玩動物看護師が日本初の国家資格となりました。この法律の施行により、従来は愛玩動物看護師などが担うこともあった診療の補助行為や調剤業務の法的整理が進んだ結果、これまで以上に専門的な調剤や安全管理のあり方が見直されるようになりました。こうしたなかで、薬のスペシャリストである薬剤師の参画や注目度が急速に高まっています。
第4の変化:高まる医療の質へのニーズと現場の限界
飼い主が求める医療の質も年々高まっています。しかし、こうした膨大な負担を獣医師だけで担うには限界が来ています。
獣医療専門職(薬剤師)の必要性
私たちが日頃よく目にする薬剤師は、調剤薬局や病院で人間の薬を調剤し、飲み方の指導をしてくれる存在です。しかし、医療の細分化と高度化が進むにつれ、その活躍の場は人間医療の枠を超え、「獣医療」の現場へと広がりを見せています。
獣医療における薬剤師は、動物病院や関連施設において、動物用医薬品の専門的な管理、調剤、そして投与に関するアドバイスを行う専門職です。獣医師が「診断と治療」に集中できるよう、薬のプロフェッショナルとしてチーム医療を支える重要な役割を担っています。
「獣医療薬学」の専門性と、現場で期待される役割
では、具体的に「獣医療薬学」とはどのような学問であり、現場で薬剤師はどのような期待を背負っているのでしょうか。
「人用医薬品」と、動物特有の生物学的リスク
獣医療の現場で使用されるお薬の約7割は「人用医薬品」と言われています。しかし、だからといって「人間の体重に合わせて量を減らせば安全に使える」というわけではありません。
犬や猫は小さな人間ではなく、種によって解剖学的・生理学的な構造や代謝システムが大きく異なります。人間にとっては安全なお薬や成分であっても、特定の動物にとっては重篤な中毒や副作用を引き起こすケースが少なくありません。たとえば、猫はグルクロン酸抱合能が低いため、人間がよく使うアセトアミノフェンを少量摂取しただけでも重篤な中毒を引き起こします。単純な体重換算だけでは解決できない、質的な代謝経路の違いを理解しなければなりません。
そのため、獣医療薬学においては、薬の一般的な知識に加えて、動物ならではの生理や機能形態、さらには関連する法律や倫理に至るまでを深く学ぶことが不可欠となります。
①資格の難易度と認定者数の推移
試験の難易度は、講習内容を踏まえれば極端に高いものではありません。
合格率は公表されていないものの、基礎講習と実務講習で学んだ範囲の理解度を確かめる試験のため、復習を重ねれば合格を目指せます。
高度な専門性を問う認定試験と比べると、ハードルは低めと言えるでしょう。
講習の多くはeラーニングで進むため、働きながらでも学習時間を確保しやすい仕組みです。規模感の目安として、認定者数は2010年度制度開始時の796名から、2025年4月1日時点で1万3,114名まで増えました。
それでも薬剤師全体の約4%にとどまり、まだ希少な資格に位置づけられます。
② 獣医師や飼い主への情報提供
動物は言葉を話せません。そのため、「お薬を嫌がって飲んでくれない」「飲ませた後に吐き出してしまった」といった悩みは、飼い主にとって非常に大きなストレスとなります。
薬剤師は、飼い主のライフスタイルや動物の性格に合わせて、「どうすれば無理なくお薬を飲ませられるか」という具体的な服薬指導や、副作用に関する注意点を分かりやすくアドバイスします。また、獣医師に対しても、最新の薬物動態や相互作用に関する情報を提供し、より安全な処方をサポートします。
③ 多職種連携によるチーム獣医療の実現
これからの獣医療は、獣医師ひとりがすべての判断を下すのではなく、愛玩動物看護師や薬剤師などの専門職がそれぞれの強みを持ち寄り、協力し合う「チーム獣医療」の時代です。薬剤師が加わることで、医療安全の向上のほか、病院全体の業務効率化や、飼い主に対する総合的なケアの質の向上が期待されています。
獣医療専門職を目指すには?:経営的背景と新たなアプローチ
「動物が好き」「薬の知識を活かして獣医療に貢献したい」と考えたとき、どのようにしてその道を目指せばよいのでしょうか。
動物病院の経営実態と「飼い主を介したアプローチ」
動物病院の経営環境は、開業と廃業が拮抗し、近年では倒産件数が増加するなど変動期を迎えています。多くは獣医師1名や少人数による経営であり、自由診療である動物病院において「薬剤費や処方・販売益」が病院の経営基盤を支える重要な柱となっています。こうした経営構造や雇用形態の現実をふまえると、いきなり薬剤師が動物病院の内部に専任として勤務することは、現状ではあまり現実的ではないという側面があります。
しかし、だからといって薬剤師の専門性が活かせないわけではありません。動物に直接関与するのではなく、「地域に開かれた薬局や日常生活のなかで、飼い主様を介して動物たちの疾病予防や健康管理、さらには公衆衛生に関わっていく」というアプローチには、数多くの実践的なアイデアがあります。
たとえば、次のような形での貢献が可能です。
- 家庭内中毒の予防とリスク啓発:人用医薬品やアロマ、特定の植物など、人間には安全でも猫や犬には有害な物質についての情報を、日々の服薬指導や窓口で伝える。
- 適切な服薬支援・アドバイス:「お薬をなかなか飲んでくれない」という飼い主の悩みに対し、薬学的知見や剤形の工夫を提案する。
- 感染症対策や衛生管理の啓発:マダニやSFTS(重症熱性血小板減少症候群)などの人獣共通感染症について、地域住民や飼い主へ正確な注意喚起を行う。
このように、飼い主を支えながら動物の健康と福祉を守るという間接的な関わり方こそが、これからの薬剤師にとって非常に可能性に満ちた現実的なアプローチと言えます。
専門的な知識を高めるアプローチ
獣医療や関連分野で専門性を発揮するためには、体系的な学びの積み重ねが重要です。そのための具体的な第一歩として、一般社団法人 日本獣医療薬学協議会(JVPSC)が提供し、医学アカデミーYTLが運営している薬剤師の生涯学習支援アプリ「ためとこ」で受講可能な「獣医療薬学研修プログラム」を活用した動画教材の視聴が挙げられます。プログラムを通じて、獣医薬理学や機能形態学、実践的な服薬指導などを効率的かつ体系的に学ぶことができます。
こうした学習や活動を可能にし、バックアップするのがまさに日本獣医療薬学協議会です。協議会を通じて、以下のようなアプローチを実践し、さらに専門性を高めることができます。
- 動画教材や関連書籍による自己学習
人間と動物の生理学的違いや、主要な動物用医薬品の特徴を深く学ぶ。 - セミナーへの参加
獣医療薬学に関する最新の知見や研究発表に触れ、現場で求められる実践的な知識をアップデートする。 - 専門家同士のネットワーキング
獣医療や薬学に理解のある仲間や専門家とのつながりを通じて知見を広げる。
詳しくは下記をご覧ください。

日本獣医療薬学協議会(JVPSC)へのご入会のご案内
獣医療と薬学の架け橋として、動物用医薬品に関する正確で信頼性の高い情報や教育機会を提供し, 獣医療の質の向上と人と動物の健康の増進に寄与することを目的に、2025年12月に一般社団法人 日本獣医療薬学協議会(JVPSC)が設立されました。
主な事業内容
- 動物用医薬品に関する情報の収集・整理・提供
- 専門職を対象とする研修・講習会・eラーニング等の企画・実施及び認定
- 多職種連携及び協働の促進
- 動物用医薬品の適正使用や調査研究など
入会のご案内
年会費は3,000円となっており、ご入会いただくと会員限定の各種セミナーへの参加、最新情報の入手が可能になります。 獣医療薬学に関心をお持ちの方や、これから専門的な知識を深めていきたい方は、ぜひ公式ホームページより詳細をご覧いただき、ご入会をご検討ください。
おわりに:これからの獣医療を支えるあなたへ
ペットの寿命が延び、家族としての絆が深まるにつれて、獣医療に求められる期待のハードルはますます高くなっています。病気で苦しむ動物たちを救い、飼い主の不安に寄り添うためには、高度な医学だけでなく、確かな「薬の専門性」が不可欠です。薬を飼い主に渡して終わりにするのではなく、日々の治療の場となる自宅で、安全かつ確実な服用を継続できるよう支えることこそが、動物たちの健康と適切な治療に直結します。
「獣医療薬学」は、 動物と人の健やかな共生社会を実現するための大きな希望の光です。獣医療の理念である「動物と飼い主の福祉」のために、もしあなたが薬学の知識を持ち、動物たちの未来に貢献したいと願うのであれば、この新しい専門分野への一歩を踏み出してみませんか? あなたの持つ専門性が、小さな命を救い、たくさんの笑顔を生み出す力になるはずです。